ツグミ工芸舎工作日記

ツグミ工芸舎のこれまでとこれから

ふつうのさじ

 
 
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「ふつうのさじ」
 
形に特徴がなく
手づくり感も弱い
ごくふつうのさじ
 
大きくも小さくもなく
特に決まった
用途もないから
ついつい何にでも
使ってしまう
 
そんな気楽さが心地いい
普段使いのさじが欲しい
 
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今まで作品ができてから
ことばの積み木(作品につける詩のような取扱説明書)を
考えるっていう順番でしたが、今回は初めて、ことばの積み木が先にできました。
まだ商品としての「ふつうのさじ」は制作もはじめていません。
どんなふつうのさじができるか?自分でも楽しみです。
 
試作品などできましたら、またこのブログでお知らせいたします。
お楽しみに!!
 
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上の写真は新しく購入したメガネと最近作ったトレーの写真です。
作業場の周りにはいろんな花が咲いてきました。花の名前はわかりません。
新しいメガネで視界がクリヤー!になったせいでしょうか?
草花はなんの不安もなく、そよ風に吹かれているのをみると とてもが気持ちいい
今日この頃です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

奇跡のような普段の一日

 

https://www.instagram.com/p/BxGyFcuh9Rq/

GW中に生まれたモノ#ツグミ工芸舎

 

気にいったモノを作りたい。できあがって、それを手にもってニコニコしていられる、そんな作品を作りたい。そのためのちょっとしたコツがあります。それは、、、。

 

・慌てないこと

 

当たり前ですね。忙しい、時間がない、だから慌てて作ってしまうと まず、うまくいきません。慌てないでじっくりと できるところまででいいから、ひとつひとつの作業を楽しみます。楽しめれば、結果的にあまりうまくいかなかったとしても、急いで作ったときより、多く何かを学んでいるはずです。

 

・同じものをいくつも作ってみること

 

同じモノをいくつも作っていくと、自分の気持ちが落ち着く形が見えてきます。

ひとつできあがったら、しばらく眺めているとなんだか引っかかる部分、気になる部分があります。次回、同じモノを作るときその気になる部分をちょっと変えて作ってみます。そしてまたしばらく眺めてみます。その繰り返しです。終わりはありませんが、ある程度繰り返すと、あ~、そうそう、こういう感じにしたかったんだよね〜ていうのがでてきますから、でてきたら、素直に喜びます。そうすると喜んだ気持ちが作品の中に溜まって留まります。

 

・他の人の作品と比較しないこと

 

世の中にはすごい人がいっぱいいます。尊敬する彼ら、彼女らの作品と比較して自分の作品、だめだな〜と思ってしまうと、作る意欲も、新しいアイデアも出てこなくなってしまい、作業が辛い時間になってしまいます。自分の今持っている知識と技術だけでも作業を楽しむことができる。そう思えれば、続けることができます。少しづつ自分にしか作れないものがあらわれてくると思います。終わりのない繰り返しです。

 

もっと豊かになりたいのに、なぜ豊かになれないのか...?? - YouTube

 

昨日、こんな動画を見つけました。この動画の中でお金持ちの人が尋ねます。一生働かなくてもいいような大金で君の腕を売ってくれって。ほとんどの人が嫌だと思うと思いました。自分も嫌です。なぜなら、作品を作ることができなくなってしまう、料理ができなくなってしまう!! つまり、自分にとって作品を作ることはお金には変えられないことなんだな〜っと。お金を稼ぐために作品を作っているけど、お金がたくさんあっても、なくても作りたいものが作れないことは耐えられません。腕があること。当たり前のことに喜べる動画です。材料があること。材料を育てた環境があること。道具があること。道具を作っている人がいること。作品を売ってくれるお店があること。作品を買ってくれるお客さんがいること。新しいアイデアを思いつく脳みそがあること。ほとんどすべてが奇跡のようです。

 

そんなことを感じながら今日も仕事ができました。とてもマインドフルな1日でした。

 

 

フキの煮しめ

今年の桜は満開になってから雪が降り、1週間以上も楽しめました。

花はゆっくりと散っていったため、すべて花が散ってしまう前に葉がでてきてしまいました。

 

そんな桜の木の下にフキが出てきたので、煮しめを作りました。

湯がいたフキの筋を取る作業が好きです。少しお酒をいただきながら筋をとっていると、とても幸せな気持ちになるのはどうしてでしょうか?

 

家庭の女性たちが暮らしの中で季節と共に過ごす時間、とてもRichな時間を想いました。

 

体があること。

 

当たり前ですね。生きている人は皆、体があります。体があるから、食べることもできます。美味しいと思うこともあります。作品をつくることもできます。体がないと道具を持つことさえできませんね。

 

作品のアイデアはノートに鉛筆で思い付くままに書き出していると、思い掛けないようなアイデアを思い付くことがあります。そんなとき、アイデアはいっぱいもっているけど、体をもたない何者かが助けてくれたんだなって、ありがとう!、っていつも思って制作しています。 

 

https://www.instagram.com/p/BwWuXfFh9Gh/

今年の桜はまだ、散りません!満開になってから、1週間と3日経ちました。途中に雪が降ったからでしょうか?#作業場の桜#sakura

 

https://www.instagram.com/p/Bw8SNBnh9qO/

REIWA stylo!

 

令和になりましたのでREIWAスタイルを突き詰めていきます。インスタグラムで作品をアップしていきます。お楽しみに!

 

木工作業を心のトレーニングに〜2

今回はヨンゲイ・ミンゲール・リンポチェさんの「今、ここを生きる」の続きになります。木工作業だけでなく生活の中で行うことのすべてが心のトレーニングになることがこの本でわかってきました。例えば、同じものを100個作るとき納品日に間に合うようにと急ぐと失敗を招き、作業はだんだん辛いものになってきます。でも、ひとつひとつ素材の硬さや木目、色や香りを楽しむ余裕をもって取り組めば、作業は新しい発見の連続でいつの間にか外は暗くなって、あーもう帰る時間か!となります。

 

炊事も素材の色や味、切ったときの硬さや断面の模様など、注意を向けるところがいっぱいあって結構癒やしの時間になってきます。皿洗いも、お湯の温かさや汚れの落ち具合に注意を向けると面倒くさいという思いはすぐに小さくなり、洗うものがすぐになくなってしまい、お湯をもうちょっと触っていたいと思うこともあるくらいです。

 

ここから、前回の続きになります。

 

p78 3行目 「瞑想はあまりにも身近なことで、普通にものを感じる、その感じ方に似ているため、めったにそれと認めることができないのです。」

 

これは分かっている人からはほんのちょっとした違いなのでしょうけど、そのほんのちょっとしたちがいを識別することはかなり難しそうです。

 

p78 11行目 「心は宇宙と同じく、基本的にその中で起こることからなんの影響も受けないことが、徐々に理解できるようになる。」

 

目に見えない心を観察していくと心はスペースで、その中でいろいろな感情や思考が行ったり、来たりする場所のようなものってことでしょうか?心は感情や思考の背景ですね。

 

p91 12行目 「多くの人は瞑想を思考や感情の自然な流れを止めようとすることだ、と誤解しているのです。」

 

頭の中のおしゃべりは止めるのではなくて、静かになるまで、見守る、おしゃべりに参加しないでだだ、見守る、こうして静かになった心を感じることができればそれが自分の本当の心の姿ですね。こんなに歳を重ねたのに、まだ自分の心の本当の姿に出会っていません!

 

p108 9行目 「仏教は人生を「生存のため」という恐怖を基にした見方で経験するのではなく、むしろ不思議な驚きに満ちた出来事の連続という見方を教えてくれます。」

 すごい!

 

p116 5行目 「一瞬と永遠との間にはなんの違いもない」

 

これが実感としてわかる日がくるのでしょうか?

 

p128 7行目 「瞑想の実践の骨法は、実は瞑想に関するあらゆる期待を手放してしまうことにあります。」

 

何かを行うとき、それがうまく行くように思うこと、それすら思わずに行うこと。

うまくなりたいと思って取り組んでは、それはいい取り組み方ではないということですね!木工も技術的にうまくなりたいと思って制作することはありません。作りたいものが作れることを楽しむこと、その中で必要な技術は自然と身に付きます。

 

 まだまだ紹介したい箇所はいっぱいありますが、きりがないので興味のある人は是非、購入していただいて、瞑想に励んでもらえたらと思います。

 

心のトレーニングは自分をもっとクリエイティブにしてくれます。

新しいアイデアを沸いてくることに自分で驚きます。それを形にできること、そのための素材と時間があることに感謝したくなってしまいます。

 

4枚のカード

これまでにツグミ工芸舎のカードは4種類つくりました。

片面にツグミ工芸舎の説明、片面にはイメージや紙工作になっているものもあります。

 

写真は夏、木々が生い茂り、緑に包まれた作業場です。

ツグミ工芸舎の紹介文は妻が書いてくれました。

気に入ってます。

 

ツグミ工芸舎とは」

ツグミ工芸舎とは 都市を離れ、なんの縁もない

秩父山中にて、夫婦が家族を巻き込んで始めた工房です。

沢水を生活水とし、畑を耕し、木の小物をつくっています。

身近にある素材を利用し、その出会いと背景に思いを馳せ

ひとつひとつ手作業でつくっています。

 

屋号は 夏の間 夕暮れから明け方にかけて 神秘的な

声で鳴く鳥、トラツグミにあやかりました。

様々な鳥たちの声 季節を彩る草花 その空間を飛び交う

虫や蝶 ふとしたときの野ウサギやタヌキの気配

私たちを取り巻くそんな自然に感謝しつつ、共に育ち

一緒に旅してくれるような作品をつくっていけたらと

願っています。

 

「白い馬」のカードは組み立てるとこんな感じです。

上の左のカードは 知恵の板 で作れる蝶のイメージです。

上の右は一番新しいカードで最近作っている小物のイメージになっています。

カードはなくなり次第、新しいものをつくります。また、今度はどんなカードをつくろうかな?

木工作業を心のトレーニングに〜1

前回ホーミーのことを書きました。

blog.soikick.com

ホーミーは半年ほどで少しできるようになり、できるようになると面白いのでついつい毎日練習してしまいます。しかしながら、もう1年以上練習しているのになんの上達も感じられないものがあります。

 

それは瞑想です。

 

これは本を読んでやってもこれでいいのか?どうか!?5年〜10年はやらないとと思っていますが、なんの変化も表れないと、続けること自体が困難です。

 

そこで最近何度も読んでいる本がありますので紹介したいと思います。

「今、ここを生きる」ヨンゲイ・ミンゲール・リンポチェ 

 

この本の中には フム! と思う言葉がたくさんあります。

フム!思う言葉に出会うとじゃもう一度練習してみるか!という気分になります。

小説と違ってお話ではなく、最初から最後まで心の取扱説明書のような本です。

目に見えない心の観察の方法が書いてあります。

 

このページにはその フム! と思ったところを箇条書きにしてみますので、

瞑想で行き詰まっている方は参考にしてもらえたらと思います。

 

 p20 1行目「仏教者としての訓練を受けていると、仏教を宗教とは考えなくなります。」

 

瞑想を始めるとこの言葉はよくわかります。ファーブルが虫を観察するように 自分の心を観察します。絵を描くときのようによくよく見ます。そのような練習や訓練の連続ですので、宗教というよりは画家や科学者のような気分になってきます。

 

p57 11行目 「眼は視覚そのものではなく、耳も聴覚そのものではないように、脳も心そのものではありません。」

 

心は目に見えないし、音もないので、目や耳で観察するわけにはいきません。心は心で直接観察することになりますが、今のところ、まったくコツがつかめません!

 

p59 8行目 「心の中で何が起こっているのかを、ただ見守ること、このこと自体が心の中で起こっていることを変えてしまうのです。」

 

これは普段の自分の思考や感覚を一歩下がって、見る習慣を持たないとできません。毎日の生活の中で、寒い! じゃなくて 寒いとわかっている自分がいる。 美味しい! じゃなくて 美味しいと感じている自分がいる とちょっと面倒な感じの生活をすることになります。海外で暮らし始めるような、新しい習慣や風習をみにつけるような感覚に近いかもしれません。

 

p62 最後行 「混乱は別の言い方をすれば、真の幸福への道に踏み出す最初の一歩なのです。」

 

今までの生活の中で思ったり、感じたりしたその思い方や感じ方を変えてしまうわけですから、混乱は避けられないってことになりますね!

 

p66 7行目 「本来の心を認識できないということは、望めば何でも作り出すことができる、心の無限の力の一例なのです。」

 

ここでは自分の心を認識できない能力があるなら、認識できる能力も心の能力に含まれているということのようです。

 

p70 「瞑想とは、本来の自分の心に親しむことです。」

 

普段自分の心がどこにあるのか?どこからどこまでが自分の心なのか?心ってそもそも何なのか?皆さん知らないまま生活しているってことですね。心には無限の能力があると書いてあっても、これは体験として理解しないとわからない、なので瞑想が必要になってくるってことです。

 

p72 13行目 「本性を認識しないかぎり、私たちは苦しみ続けるのです。本姓を知れば、私たちは苦しみから開放されます。いったんその本性を知ると、あなたは変わります。人生の質も変わります。 あなたが不可能と思っていたようなことが起こり始めるのです。」

 

心の本当の有り様を知らないまま生きていることは、羽があるのに空を飛ばないでいるようなことってことよりももっとびっくりするようなことだと思います。でも、心を理解するこ、それはとても難しいし、時間がかかるとも書いてあります!

 

p74 11行目 「ブッダは、幸福が長く続き、苦しみは避けたいと願うのは「心の本性」が存在する兆候にほかならないといいます。」

 

私たちのまだ知らない心の側面が本当にあるのか?疑問に思う人も多いかと思いますが、これがブッダの答えのひとつです。

 

p77 10行目 「いつ、どのようなときでも、心の中で何が起こっているのかを見守ることをすれば、それが瞑想です。」

 

 心のことがわかるまでに時間も練習も必要なことですので、同じことを何度も何度も言葉を変えて説明してくれてます。

 

 このブログはとても長くなってしまいそうなので、この辺でいったん区切り、木工作業を心のトレーニングに〜2につなげたいと思います。