ツグミ工芸舎工作日記

ツグミ工芸舎のこれまでとこれから

木工作業を心のトレーニングに〜2

今回はヨンゲイ・ミンゲール・リンポチェさんの「今、ここを生きる」の続きになります。木工作業だけでなく生活の中で行うことのすべてが心のトレーニングになることがこの本でわかってきました。例えば、同じものを100個作るとき納品日に間に合うようにと急ぐと失敗を招き、作業はだんだん辛いものになってきます。でも、ひとつひとつ素材の硬さや木目、色や香りを楽しむ余裕をもって取り組めば、作業は新しい発見の連続でいつの間にか外は暗くなって、あーもう帰る時間か!となります。

 

炊事も素材の色や味、切ったときの硬さや断面の模様など、注意を向けるところがいっぱいあって結構癒やしの時間になってきます。皿洗いも、お湯の温かさや汚れの落ち具合に注意を向けると面倒くさいという思いはすぐに小さくなり、洗うものがすぐになくなってしまい、お湯をもうちょっと触っていたいと思うこともあるくらいです。

 

ここから、前回の続きになります。

 

p78 3行目 「瞑想はあまりにも身近なことで、普通にものを感じる、その感じ方に似ているため、めったにそれと認めることができないのです。」

 

これは分かっている人からはほんのちょっとした違いなのでしょうけど、そのほんのちょっとしたちがいを識別することはかなり難しそうです。

 

p78 11行目 「心は宇宙と同じく、基本的にその中で起こることからなんの影響も受けないことが、徐々に理解できるようになる。」

 

目に見えない心を観察していくと心はスペースで、その中でいろいろな感情や思考が行ったり、来たりする場所のようなものってことでしょうか?心は感情や思考の背景ですね。

 

p91 12行目 「多くの人は瞑想を思考や感情の自然な流れを止めようとすることだ、と誤解しているのです。」

 

頭の中のおしゃべりは止めるのではなくて、静かになるまで、見守る、おしゃべりに参加しないでだだ、見守る、こうして静かになった心を感じることができればそれが自分の本当の心の姿ですね。こんなに歳を重ねたのに、まだ自分の心の本当の姿に出会っていません!

 

p108 9行目 「仏教は人生を「生存のため」という恐怖を基にした見方で経験するのではなく、むしろ不思議な驚きに満ちた出来事の連続という見方を教えてくれます。」

 すごい!

 

p116 5行目 「一瞬と永遠との間にはなんの違いもない」

 

これが実感としてわかる日がくるのでしょうか?

 

p128 7行目 「瞑想の実践の骨法は、実は瞑想に関するあらゆる期待を手放してしまうことにあります。」

 

何かを行うとき、それがうまく行くように思うこと、それすら思わずに行うこと。

うまくなりたいと思って取り組んでは、それはいい取り組み方ではないということですね!木工も技術的にうまくなりたいと思って制作することはありません。作りたいものが作れることを楽しむこと、その中で必要な技術は自然と身に付きます。

 

 まだまだ紹介したい箇所はいっぱいありますが、きりがないので興味のある人は是非、購入していただいて、瞑想に励んでもらえたらと思います。

 

心のトレーニングは自分をもっとクリエイティブにしてくれます。

新しいアイデアを沸いてくることに自分で驚きます。それを形にできること、そのための素材と時間があることに感謝したくなってしまいます。